学習塾の経営において、最も重要な課題の一つが「収益性の確保」です。多くの塾経営者が日々の運営に追われる中で、自塾の損益構造を正確に把握できていないケースは少なくありません。
「生徒数は増えているのに、なぜか手元に残るお金が少ない」 「講師への給与を上げたいが、経営が圧迫されるのではないか」 「新しい教室を出したいが、家賃はどれくらいまでなら許容できるのか」
このような悩みを抱えている塾経営者の方々に向けて、本記事では学習塾特有の損益構造と、健全な経営を実現するための具体的な数値基準について詳しく解説していきます。
学習塾業界の損益構造の特徴


学習塾は労働集約型ビジネスであり、一般的な小売業や製造業とは大きく異なる損益構造を持っています。まずは、この業界特有の特徴を理解することから始めましょう。
人件費比率の高さ
学習塾経営における最大の特徴は、人件費比率の高さです。一般的な企業では人件費が売上の30〜40%程度に収まることが多いのに対し、学習塾では45〜60%に達することも珍しくありません。
これは、授業という「サービス」そのものが講師の労働によって成り立っているためです。生徒一人ひとりに質の高い教育を提供しようとすれば、優秀な講師を確保し、適正な報酬を支払う必要があります。
固定費の重さ
学習塾のもう一つの特徴は、家賃、光熱費、システム利用料などの固定費が大きな割合を占めることです。特に立地条件の良い場所に教室を構えようとすれば、家賃負担は経営を大きく左右します。
生徒数が少ない創業期や閑散期でも、これらの固定費は容赦なく発生し続けます。そのため、損益分岐点を正確に把握し、常に一定以上の生徒数を維持することが求められます。
季節変動の影響
学習塾の売上は、春期講習、夏期講習、冬期講習といった季節講習によって大きく変動します。特に夏期講習は年間売上の20〜30%を占めることもあり、この時期の集客が年間収益を左右すると言っても過言ではありません。
一方で、講習期間中は講師の確保や教室のキャパシティといった課題も浮上します。需要の波に対応しながら、いかに収益を最大化するかが経営手腕の見せ所となります。
学習塾の損益計算書の読み解き方


適正な損益構造を実現するには、まず自塾の財務状況を正確に把握する必要があります。ここでは、学習塾の損益計算書における主要項目とその見方について説明します。
売上高の内訳
学習塾の売上は、主に以下の項目で構成されます。
通常授業料:月謝として毎月計上される収入で、塾経営の基盤となる部分です。個別指導か集団指導か、週何コマの授業を提供するかによって単価は大きく変わります。
季節講習料:春期、夏期、冬期の各講習で得られる収入です。通常授業とは別料金として設定されることが一般的で、これらの講習収入をいかに確保するかが年間収益に大きく影響します。
教材費・諸経費:テキスト代、プリント代、施設維持費などとして別途徴収する費用です。実費相当額を請求するケースもあれば、ここで一定の利益を確保する塾もあります。
入会金:新規入会時に一度だけ徴収する費用です。新規生徒の獲得ペースによって変動するため、安定収入源としては扱いにくい項目と言えます。
変動費の管理
変動費とは、生徒数や授業数に応じて増減する費用のことです。
講師給与(授業担当分):授業を実施した分だけ発生する給与です。時給制の講師であれば、授業コマ数に比例して増減します。売上が増えれば講師給与も増えるという関係性があり、この比率をどうコントロールするかが収益性の鍵となります。
教材費の実費:生徒に販売するテキストの仕入れ原価です。教材費として徴収する金額と原価の差額が粗利となります。
固定費の把握
固定費は、生徒数や売上の増減に関わらず毎月一定額発生する費用です。
家賃:教室の賃料は、学習塾経営における最大の固定費の一つです。一度契約すると簡単には変更できないため、出店時の判断が極めて重要になります。
正社員人件費:教室長や事務スタッフなど、固定給で雇用している社員の人件費です。売上が減少しても削減しにくい費用であり、採用時には慎重な判断が求められます。
光熱費・通信費:教室の電気代、空調費、インターネット回線費用などです。生徒数による変動は少なく、ほぼ固定費として扱います。
広告宣伝費:チラシ、Web広告、看板などの費用です。集客のために必要な投資ですが、費用対効果を常に検証する必要があります。
システム利用料:生徒管理システム、映像授業システム、会計ソフトなどの月額利用料です。近年はICT化が進み、この項目が増加傾向にあります。
適正な講師比率とは


講師への支払いは学習塾経営における最大のコストです。ここでは、持続可能な経営を実現するための適正な講師比率について、指導形態別に詳しく見ていきます。
個別指導塾の講師比率
個別指導塾の場合、講師一人あたりが担当できる生徒数が限られるため、講師比率は高くなる傾向があります。
1対1指導の場合
完全マンツーマン指導では、講師比率は55〜60%が一般的です。授業料が1コマ3,000円であれば、講師への支払いは1,650〜1,800円程度となります。この比率では、授業料の約40〜45%が粗利として残ります。ここから家賃、広告費、本部人件費などの固定費を賄う必要があるため、一定規模以上の生徒数を確保しなければ黒字化は困難です。
1対2指導の場合
講師一人が生徒二人を同時に指導する形態では、講師比率は45〜50%程度に抑えられます。生徒一人あたりの授業料が2,500円、講師への支払いが2,000円であれば、2人分の売上5,000円に対して講師給与が2,000円で、比率は40%となります。この形態は個別指導の中では比較的収益性が高く、多くの個別指導塾が採用しています。
1対3以上の指導の場合
講師一人が3人以上を担当する場合、講師比率はさらに下がり、40〜45%程度となります。ただし、指導品質の維持が課題となるため、導入する際は慎重な検討が必要です。
集団指導塾の講師比率
集団指導塾では、講師一人が多数の生徒を同時に指導できるため、講師比率を大幅に抑えることが可能です。
一般的な集団指導の場合
クラス人数が10〜20人程度の集団指導では、講師比率は30〜40%が目安となります。月謝が2万円、生徒15人のクラスであれば月間売上は30万円です。講師への月額報酬が10万円であれば、比率は約33%となります。集団指導では講師の力量が授業品質に直結するため、優秀な講師には相応の報酬を支払う必要があります。一方で、一度に多くの生徒を指導できるため、スケールメリットを活かしやすい形態と言えます。
大手進学塾の場合
大手進学塾では、ブランド力により高い授業料設定が可能な一方、トップ講師には高額報酬を支払うケースもあります。それでも、大規模クラス運営により講師比率は25〜35%程度に抑えられています。
映像授業・AIシステム併用型の講師比率
近年増加している映像授業やAI教材を活用した塾では、講師の役割が変化しています。
映像授業+チューター型
生徒は映像授業で学習し、講師(チューター)は質問対応や学習管理を担当する形態です。この場合、講師比率は25〜35%程度まで抑えられます。ただし、映像授業システムの利用料が別途発生するため、システム費用と講師費用を合わせた「教育提供コスト」として考える必要があります。
AI教材+コーチング型
AI教材が主体となり、講師はコーチングや面談を中心に担当する形態では、講師比率はさらに低く、20〜30%程度となることもあります。一方で、AI教材の導入コストや月額利用料が高額になるケースもあり、トータルでの収益性を検証することが重要です。
講師比率を適正化するための具体策
講師比率が高すぎる場合、以下のような対策が考えられます。
授業単価の見直し
授業料を値上げすることで、講師給与を維持したまま比率を下げることができます。ただし、競合他社との価格バランスや保護者の負担を考慮する必要があります。
講師給与体系の再設計
時給制から固定給+歩合制に変更する、ベテラン講師と新人講師で時給を差別化するなど、給与体系を見直すことで全体の人件費をコントロールできます。
指導形態の変更
完全1対1指導から1対2指導へ、あるいは個別指導と集団指導のハイブリッド型にすることで、講師比率を改善できます。
テクノロジーの活用
映像授業、AI教材、オンライン指導などを部分的に導入することで、講師の負担を減らしながら生徒数を増やすことが可能です。
適正な家賃比率の考え方


家賃は学習塾経営における最大の固定費の一つです。適切な家賃比率を守ることが、安定経営の基本となります。
家賃比率の業界基準
学習塾における家賃比率の目安は、売上の8〜12%とされています。月商が200万円の教室であれば、家賃は16〜24万円が適正範囲となります。
この比率を超えると、他の経費や利益を圧迫し、経営が苦しくなります。逆に、あまりに低い家賃の物件では立地条件が悪く、集客に苦労する可能性があります。
立地タイプ別の家賃戦略
駅前一等地型
駅前の好立地物件は家賃が高額ですが、通行量が多く認知度向上に有利です。この場合、家賃比率は10〜12%程度となることが多く、高い集客力でカバーする戦略となります。開業初期から一定の問い合わせが期待できるため、早期の黒字化を目指せます。ただし、競合も多く、差別化戦略が重要になります。
住宅街立地型
住宅街の中にある物件は家賃が抑えられ、6〜9%程度の比率で済むことがあります。ただし、認知度向上には時間がかかり、口コミやチラシなどの地道な集客活動が必要です。既存生徒の紹介や地域密着型の運営が得意な経営者に向いています。
ロードサイド型
幹線道路沿いの物件は視認性が高く、看板効果が期待できます。家賃は中程度で、比率は8〜10%程度となることが多いです。車での送迎を前提とする郊外型塾に適しており、駐車場の確保も考慮する必要があります。
教室面積と収容人数の関係
家賃を考える際は、物件の広さと収容可能な生徒数の関係も重要です。
個別指導塾の場合
ブース1つあたり約1.5〜2坪が必要です。20ブースの教室であれば、指導スペースだけで30〜40坪、これに受付、待合スペース、講師控室などを加えると50〜60坪程度が標準的です。1ブースで1日に2〜3コマの授業を行うとすれば、20ブースで月間約1,200〜1,800コマの授業が可能です。1コマあたりの平均単価が2,500円であれば、月商300〜450万円が上限の目安となります。
集団指導塾の場合
教室1つあたり10〜15坪が標準で、15〜20人程度を収容できます。3教室と受付スペースを含めて50坪程度の物件が一般的です。各教室で1日2〜3クラスを開講できるため、収容力は個別指導よりも高くなります。
坪単価から見た物件選定
都市部では坪単価1万〜2万円、地方都市では5千〜1万円が相場です。50坪の物件を借りる場合、都市部で月額50〜100万円、地方で25〜50万円程度となります。
月商目標から逆算して、家賃比率10%以内に収まる物件を選ぶことが基本です。月商500万円を目指すのであれば、家賃は50万円以内に抑えるべきです。
適正な授業単価の設定方法


授業単価は、塾の収益性を直接左右する重要な要素です。高すぎれば生徒が集まらず、低すぎれば経営が成り立ちません。
地域相場の調査方法
まず、自塾の商圏における競合他社の授業料を徹底的に調査します。
競合塾の料金調査:半径2km圏内にある学習塾のWebサイトや資料を収集し、授業形態ごとの料金を一覧化します。個別指導80分で3,000〜4,000円、集団指導90分で2,000〜3,000円といった相場感をつかみます。
学年別・科目別の価格差:中学3年生と小学生では料金が異なるのが一般的です。また、理科や社会より英語や数学の方が高単価に設定されているケースもあります。
季節講習の単価:通常授業とは別に、季節講習の単価も調査します。1コマあたりの単価は通常授業より高めに設定されていることが多いです。
原価計算に基づく価格設定
競合調査と並行して、自塾の原価構造から最低限必要な単価を計算します。
直接原価の算出:1コマあたりの講師給与、教材費などの直接原価を計算します。講師に1,500円支払い、教材費が200円であれば、直接原価は1,700円です。
間接原価の配賦:家賃、光熱費、人件費(正社員)などの固定費を、月間総コマ数で割って1コマあたりの間接費を算出します。例えば、月間固定費が120万円、月間総コマ数が600コマであれば、1コマあたり2,000円です。
必要な単価の算出:直接原価1,700円+間接原価2,000円=3,700円が損益分岐点となります。ここに利益を10%乗せるなら、最低でも4,000円程度の単価が必要となります。
価値に基づく価格設定
単なる原価計算だけでなく、提供する価値に見合った価格設定も重要です。
合格実績・成績向上実績:難関校への合格実績が豊富であれば、高単価でも保護者は納得します。「〇〇高校合格率80%」といった実績は、価格設定の根拠となります。
講師の質:有名大学出身の講師、プロ講師、教員免許保持者など、講師の質の高さをアピールできれば、相場より高い単価も正当化できます。
学習環境・設備:最新のICT設備、快適な自習室、充実した教材など、学習環境の良さも価値の一部です。
サポート体制:定期的な面談、進路相談、保護者とのコミュニケーションなど、手厚いサポートは付加価値となります。
価格戦略のパターン
市場での自塾のポジショニングに応じて、以下のような価格戦略が考えられます。
プレミアム価格戦略:地域で最も高い価格帯に設定し、高品質なサービスを提供する戦略です。ターゲットは教育熱心で経済的余裕のある家庭となります。差別化された価値提供が必須です。
市場価格戦略:地域相場に合わせた価格設定です。最も一般的な戦略で、サービス内容や立地、実績などで競合と差別化を図ります。
浸透価格戦略:相場より低めの価格で市場シェアを獲得する戦略です。新規開業時や、生徒数を早期に増やしたい場合に有効ですが、長期的な収益性には課題が残ります。
値上げのタイミングと方法
一度設定した授業料も、状況に応じて見直しが必要です。
定期的な見直し:2〜3年に一度程度、物価上昇や経営状況を踏まえて授業料を見直します。一度に大幅な値上げをするより、小幅な値上げを定期的に行う方が保護者の理解を得やすいです。
既存生徒への配慮:既存生徒には据え置き、新規生徒からのみ新料金を適用する方法もあります。また、年度が切り替わるタイミングでの変更が受け入れられやすいです。
値上げの根拠説明:講師の質向上、設備投資、教材の充実など、値上げの理由を保護者に丁寧に説明することで、理解を得られる可能性が高まります。
損益分岐点分析と目標設定


健全な経営を実現するには、損益分岐点を正確に把握し、明確な目標を設定することが不可欠です。
損益分岐点の計算方法
損益分岐点とは、売上と費用が等しくなり、利益がゼロとなる点です。
固定費の把握:家賃、正社員人件費、光熱費、システム利用料など、売上に関わらず発生する費用を合計します。例えば、月間150万円とします。
変動費率の算出:講師給与(変動分)、教材費など、売上に比例する費用の比率を計算します。売上の50%が変動費であれば、変動費率は50%です。
限界利益率の算出:限界利益率=1-変動費率です。変動費率が50%であれば、限界利益率も50%となります。
損益分岐点売上高の計算:損益分岐点売上高=固定費÷限界利益率です。固定費150万円、限界利益率50%であれば、150万円÷0.5=300万円が損益分岐点となります。
つまり、月商300万円以上で初めて黒字化するということです。
目標生徒数の設定
損益分岐点売上高から、必要な生徒数を逆算します。
個別指導塾の例:生徒一人あたりの平均月謝が2万円の場合、300万円÷2万円=150人の生徒が必要です。
集団指導塾の例:生徒一人あたりの平均月謝が2.5万円であれば、300万円÷2.5万円=120人が必要です。
これに加えて、目標利益を確保するためには、さらに上乗せした生徒数が必要となります。営業利益率10%を目指すなら、300万円÷(1-0.5)÷0.9=約333万円の売上が必要で、個別指導塾なら約167人の生徒数となります。
学習塾の集客施策についてはこちら
経営改善が必要なサインと対処法


既存の学習塾経営者向けに、経営悪化の兆候と改善策について解説します。
危険なサインの見極め
以下のような状況が見られたら、早急な対策が必要です。
①講師比率が65%を超えている
講師への支払いが過大で、固定費を賄う余裕がありません。授業単価の見直し、指導形態の変更、講師給与体系の再設計などが必要です。
②家賃比率が15%を超えている
家賃負担が重すぎます。売上を大幅に増やすか、より安い物件への移転を検討する必要があります。
③生徒数が前年比で10%以上減少
退塾が増加しているか、新規集客が不調です。生徒満足度の調査、退塾理由の分析、集客施策の見直しが急務です。
④キャッシュフローがマイナス
会計上は黒字でも、現金が不足している状態です。入金と支払いのタイミング、売掛金の回収状況を見直す必要があります。
⑤広告費が売上の20%を超えている
広告への依存度が高すぎます。口コミや紹介による集客を強化し、広告費比率を下げる必要があります。
外部の経営コンサルタントや専門家の支援を受けることも検討すべきです。
専門家への相談タイミング


学習塾経営では、適切なタイミングで外部専門家の力を借りることも重要です。
経営コンサルタントへの相談
以下のような状況では、経営コンサルタントへの相談を検討すべきです。
- 2年以上赤字が続いている
- 売上は伸びているのに利益が出ない
- 2教室目以降の展開を検討している
- 事業承継や売却を考えている
コンサルタントは、客観的な視点から経営課題を分析し、改善策を提示してくれます。特に損益構造の分析や、事業計画の策定においては専門的な知見が有効です。
もし、自塾の損益構造に不安を感じている、改善策が見つからないとお悩みの場合は、ぜひ専門家への相談もご検討ください。


